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コーヒーセレモニーと茶の湯の関連性をさぐる[喫茶養生紀]。

これを書こうとおもったきっかけは約10年前に参加したあるシンポジウムでした。

未曾有の事態でオリンピックが無観客開催になったことが、提言の価値を図らずもことさらに高めることに。

このシンポジウムが開催されなければ、うんと巨大な、過去にも未来にも似つかわしいとは言いかねる国立競技場がいま代々木にあったのかもしれません。 槇文彦先生らによる[新国立競技場案を神宮外苑の歴史的文脈の中で考える]

https://interactive-concept.co.jp/activity/images/FumihikoMakiImportantProposal.pdf 本編が難航しているのにあわせて、何度読んでも感じ入るためこちらにURLを。

歴史に学ぶことは未来を見通すことになると証明しているかのような論考です。

また、時間や空間、日本人の美意識に通底する「取り合わせ」をおもいます。 珈琲とともにぜひともです。 誘っていただいた方にある日こうも言われました。 「スペシャリストであると同時に、ゼネラリストでなくてはなりませんよ」 と。 珈琲、漢方、茶の湯。 いまもがいているのは、その言葉をいただいたからかもしれないと感謝しています。

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