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写真:伊藤篤史


-「喫茶養生紀]は、”茶の湯はエチオピアのコーヒーセレモニーを導入したものだろう”という銀座[カフェ・ド・ランブル]故 関口一郎氏の仮説

を検証していく過程を記したものです-

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[序2 世界を旅した友をたずねて]


ある時ふと自転車で世界を旅した友の顔が浮かんだ。

彼の書いた紀行文が、世界に対する広く深い認識、かつ自転車で世界をめぐるという実践の両輪でくっきりと記されたまさに自転車の轍のような紀行文で、実に面白かったことを思い出したのだ。

(特に日本に似た顔や風習を持つインドの秘境の回想[インドのなかのもう一つのインド]が今回のテーマに一脈通ずるようで興味深い。)


伊藤篤史くんの描いた轍、認識と実践いずれかにでももしかしたらこのテーマが重なっている、あるいは接近しているのではないだろうか。

このコロナ禍において彼は地元福島でゲストハウスの運営に乗り出しており、それに乗じ開店祝いと銘打って伊藤くんをたずねることにした。

たまたまにして訪れた日は、8年間自転車で世界を旅したヨシさんという方もキッチンにいる日だった。


その二人に挨拶もそこそこにたずねた。

エチオピアのコーヒーセレモニーに参加したことはあるかと。

二人ともの答えはノー。

けれどエチオピアには二人ともに自転車でおとずれたようで強引に話題をすすめる。

エチオピアのコーヒーセレモニーと日本の茶の湯が似ている。なぜかわかるか、と。

二人はわからないとしながらも、世界各地のコーヒーよもやま話

-それは例えばテキーラを使用したカクテルのメキシカンコーヒー、あるいはセネガルペッパーを使用したカフェトゥーバなど-

に加えて


①シルクロード

②グレートジャーニー


この二つのキーワードを授けてくれた。

なるほど。

人類最大の旅路にまで話しが及ぶとはさすがの二人。シルクロードの終着点も奈良と言われているから千利休のいた大阪・堺と遠からずで関連性は否定できない。

だが時代が錯綜している感が否めない。

しかし、その時代的錯綜こそが関口氏の仮説の違和感なのかもしれないと、授かったキーワード含め全てを時系列で一つの軸の上で整理してみることにした。

珈琲の日本伝来、それから茶の湯の歴史、シルクロードにグレードジャーニー。

一気にスペクタクルミステリー感が出てしまった。

それにしてもあるのだろうか。

言うなれば“セレモニーロード”なるものが。


余談だがヨシさんは8年間かけて自転車で世界を旅した目的は、好物の餃子とカレーを求めてとのことだった。8年間かけて世界を放浪し探し求めた究極のカレー。それはどこにあるのかたずねた。

(アフリカの先住民がつくったものだろうか、それともやはりインドーー。)

彼は言った。

日本、東京は京橋[ダバ インディア]。


ヨシさんはいまここで、働いている。

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次回喫茶養生紀 3は[珈琲と茶の湯の歴史]

















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